2016年9月21日 (水)

プレ静浜#2

Minisd_1022Minisd_1023研修会に公休を合わせ込んだため残念ながら今週末の静浜へ行けませんので私からはこのくらい、「マラカスが困まらかす」台風16号は通り抜けたものの本州南岸に前線が残る曇天を舞うT-7とRF-4を、T-4 Blueは来ませんのでこれだけ押さえとけば当日行ったも同然?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月10日 (水)

静浜基地航空祭2015

Minisd_642遅くなってしまいました、漸く静浜です。今年はT-4 Blue不参加地元と日程がかち合ったとか、地上展示もヘリ中心、と30年以上前にタイムスリップしたかのような地味さでした、人垣にあまり揉まれず気楽に観れましたけどね。また駐輪場の管理がヤカマシくなり、自転車が壁に付けられず止む無くコースロープ沿いに逆さ置き、来年以降はサイドスタンドのあるDAHONで行くことにしましょうか。

Minisd_643Minisd_644それでもやっぱり主役のT-7は通常の旋回・上昇飛行に加え今年はS編隊も見せてくれました。教官が駆っているとはいえ短い間によく練習したと思いますよ。トリのF-15は2機来たにもかかわらず編隊を組まずバラバラのまま、デモらしさが薄れ残念海のほうでゴロゴロ鳴ってたのは何だったんでしょう?F-15来場前、同機のアフターバーナーと聞き違えた観客が「来たか?」何度も立ち上がってた

画像撮りそびれました…こちらも邪教国家・大日本帝国滅亡70周年を受け芙蓉部隊の石碑がリニューアルされ、慰霊祭もあったようです。しかしながら彗星の熱田エンジンはケースこそあれ屋外展示のまま、蜘蛛の巣は張るわ、アリは行列を成し這いまわるわ、でおよそ負の遺産を後世へ伝えるには余りにも無責任極まりないものでした。ここに同機があるのを初めて知った、という若い方としばし語らいましたが以前は屋内展示だったのを話すと「逆でしょ!」と大変驚いてらっしゃいました、ハイ、不可解でしょ。

雲が切れ始めたのは外来機が全て飛び立ってから、終始曇り空でイマイチ映えませんでしたが観ている方はあまり暑くなく、Minisd_646_4Minisd_645_4日焼けも少しで済みました。毎年基地祭の後と言えば静けさの戻った田園地帯のどこかでターボジェットの残響を「感じる」のも楽しみです飽くまで個人的主観が、今年はそれすらも無く物足りなさを覚えました、来年に期待しましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年5月25日 (月)

第54回 静岡ホビーショー

Minisd_604申請こそしなかったものの16日に公休が取れましたので天気が不安でしたが「行かねばなりますまい」言いつつも寝坊し…5年振りホビーショーです、が、何となく雰囲気を楽しんだ?だけで出てきてしまいました。Minisd_602_3Minisd_605_3一般出展で目を惹いたのは画像のなにわ戦車隊とローズウッド製昔で言うソリッドモデルの集合体だガンダムですね、他も皆さん大変気合の入った作品ばかりで「ついていけないわァ~ッ」。当日は雲が低く静浜のT-7が飛んだか判りませんでした、何方か御存知?

昨今の流行ものにつきましてはいろいろ思うところがありますがそれらは期間限定カキコで十分、内容がシケますのでいちいち残しません。Minisd_608Minisd_607ヒコーキ物はやはり造形村、Ta152 H-0-1だけでないところがシブい。タンク技師が会議への道すがらP-51を軽々振り切った伝説のアレ・Ho229に思わずムムッ。東京マルイのブースはさながら銃撃戦、私も1挺構えてきてしまいましたが、ウェポンライトに「これは」が無くチト残念。

Minisd_615これが当日のお買いもの、ミネシマのピンセット。ホームセンターに並んでいるピンセットは値段だけの虚仮脅しばかり、近年の画材屋は手作業の道具の扱いが減ってしまったためこういった精度の良いモノが廉く手に入る場は限られています。コレ1点だけでも行った甲斐があったというもの。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年5月28日 (水)

静浜基地航空祭2014

Minisd_369今年も行ってきました。SPF50を塗ったくり、首にタオルを巻きつけ、帽子に蚊避けを括り付け「これで鼻が焼ければ笑われるなァ」、今年は終日雲が厚くなったり薄くなったりで効果の程は定かでありません。駐輪場で警備から「自転車をフェンスに立て掛けるな」と小突かれ、スタンドの無いスポーツバイクで来た方の多くは置き場所に困っていた様子でした、クルマ生活者は自転車の何たるかが解らないようで。あまりの混雑に「今年はエプロンに入るの止めようか」駐車場当日は駐輪場脇の土盛りに腰掛け愚図っていたところ、10時半頃だったか、一度詰めかけてきた観客たちがゾロゾロと退場し始め…想像するにT-4 Blueが来ないのを現地で初めて知ったから?実は私もそれを見てから警備の誘導に従うように見せかけ奥の駐輪場隅・建物の基礎にワイヤー錠かまして漸くエプロン入り。そんなわけで普段に比べ若干の余裕があり、位置取りも神経使わずに済みましたエプロン中央のイベントはT-7・2機の乗り降りとT-7 Jr.だけ。昼飯時の余興も無く、ムキになって詰めることもなかったと思う。裏を返せば空自最小の基地であるにもかかわらず「近年知名度が上がってきている(飛鳥様)」故でしょうか。

Minisd_370Minisd_368T-7も機動飛行が無く30年前を髣髴とさせる?全体に地味な内容でした。空自創設60周年に因んだ「六」編隊だけは事前に見ておりましたが、その時は真下からではなかったので「富士山とは違うなァ」ぐらいにしか感じられませんでした(失礼)、そういうことだったのですね勿論富士山編隊もやってくれた

Minisd_390Minisd_391_2最後はお約束の外来機帰投見送り。場内アナウンス話し言葉を喋れないのが気になった。今日的現象(病理)がここにもが観客を「早く帰れ」と急かすわりには離陸直前に「皆様、手を振ってお見送りください」、居て欲しいのか欲しくないのか?ヘリコプターは発進が速く、観客を退屈させなかったように思います。F-140今年もキティーちゃんが乗ってたのソレは翌朝だったようです。

私の基地祭攻略は「飲料は前日調達・たらふく食ってから会場入り」これなら撮影ポイントからあまり動かずに済みます、あァいった混み合う屋外で財布の出し入れはなるべくしたくありませんものね。ただし今年はT-7 Jr.が午前中だったのでエプロンや格納庫の観客はテキ屋に寄り易かったのではないでしょうか。そして静浜へは初めてSX50 HSを実戦投入♪動くものは不慣れで満足のいく画像は撮れませんでしたが、それでも光学50倍ズームのお蔭でトリミングが少しで済んでいます。AFはそこそこ働いてくれますが電池の消耗が激しく、終盤慌ててケータイを取り出す始末。ココは少々嵩張ってもαかなァ。

飛行機好きを自認する私が言うのも何ですが…F-15・F-2のアフターバーナーは毎度のことながらキョーレツ、Minisd_371そりゃ厚木で訴訟が起きますよ。しかしながら音を出さないジェットエンジンなんてェのが出来た日には世界の戦争がもっと恐ろしいものになること請け合い!たまに来る程度だからイベントとして成り立つわけで、静浜は田舎らしくほどほどに鄙びているくらいが丁度良いのでは、年寄じみたことを考えてしまいましたよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年6月 9日 (日)

静浜基地航空祭2013

Minisd_070開催は2週間前でしたから個人的主観ではもう遠い遠い忘却の彼方…朝からびっちり会場に詰め、長袖+SPF50+キャップ用日除けの甲斐無く今回も見事に日焼けしてしまいました。トップ画像は当日一番のフォトジェニック、UH-60J。同機は滑走路脇の枯草を悉く吹き飛ばし、Minisd_071エプロン中クッシャグシャ。お弁当広げていた方は大変だったことでしょうが問題はそこじゃない、そんな中にもかかわらずタバコ吸ってる奴がいた!これだから田舎は!!!!!それから会場は暑かったですよねェ、PETボトル飲料が瞬く間に売り切れ、テキ屋さんが暇そうにしてました。

Minisd_072Minisd_074いつも通りの内容ながら楽しめるポイントは多かったと思います。また私の周囲にいた観客の多くは反応が素直で変に訳知り顔したところが無くでも言わせてくれ、レインフォールがズレてた、強引な割り込みにも遭わず安心して観られました。実際エプロン前列で観たいのは午後のT-7パイロットの乗り降りとT-7 Jr.だけでしたね。

Minisd_075芙蓉部隊の慰霊碑はいつできたのでしょうか。ケース付きとはいえせっかく海から引き揚げた熱田エンジンを雨ざらしにするのはマズイ蜘蛛の巣はったまんま、ここはレプリカに置き換えるなり何らかの手立てが要るのでは。それからここは絶対に譲れねェ、基地の歴史を広く伝えていくのは大いに結構ですが、ともすれば「人が死んで可哀想」で終わってしまいがち邪教信徒&国粋主義者の常套手段、是非「何がそうさせたのか・どう克服す可きか」を示して欲しい、強く願うものであります…考えて動いて下さい、私より頭いいんでしょ。

Minisd_077Minisd_078駐輪場の自転車をのんびり眺め、外来機帰投を全て見送りAH-64が機関銃振ってたウェルフェアに続いてしがらみを完全に忘れた2日間。面倒な事務処理に戻るのが憂鬱だワ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月10日 (金)

プレ静浜

Minisd_062_2静浜上空では展示飛行の練習が始まっています。エンジン音に慌ててカメラを出し、雁の如く舞うT-7・11機編隊を…後方からになってしまいました。

基地祭は26日開催予定
。各々方、結集するのじゃ!なんて煽らなくても既に県外ナンバーのクルマが南側フェンスにちらほらMinisd_064こちらは基地から目と鼻の先にあるスーパー出入り口に貼り出されていたポスター。(旧・大井川町と合併前の)焼津市街ではなかなかお目にかかれない、意外以上にレアものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年4月 1日 (月)

日本の航空技術100年展

去る3月28日、所沢航空発祥記念館で開催中の特別展「日本の航空技術100年展」の零戦展示を見物してきました。

Minisd_042子供・学生が春休みなのと会期中のエンジン始動見学会は最後になる→8月いっぱいまで延長されましたのでさぞや混むだろうと思いきやさに非ず。事前申し込みをしていませんでしたので始動見学会は蚊帳の外から。でも世界で唯一稼働可能な栄エンジンの、OHV特有の咆哮アレでもアイドリング程度なのだろうがは十分に堪能出来ましたよ、園内で雨ざらしになってるC-46浜松と違ってハトのフンだらけだのR-2800が回せたらもっと凄いんだろうなァ、と思いつつ。

Minisd_041「マローニーの零戦を生見するのは本展が最後になるかもしれない」一般公開待ちの列に並ぶこと約30分、場内は余裕がありましたので急ぐことはありませんでした。第一印象は「意外と小さい警備のオッチャンが「グラマンがキャデラックならこっちはオート三輪並」と」、そして同時期の米独機とは比較にならないほど線が繊細且つヌメッとしています。兵器としての機能・性能追及は当然としても、堀越技師は造形的価値に重きを置いたのではないか?あの昔によくここまで作ったものだ、改めて感心させられます人殺しに使うなんてとんでもない!ただし何方かが仰った「国の宝だ」にはチト抵抗を覚えましたね、あの日の全力疾走があったから今の自分達があり、またその「証」を動態保存する努力は並々ならぬものがあると察します。しかしながら同時に本機は人類史上最も恥ず可き民族・大日本帝国の翼、「何のためにコレが存在したか」Minisd_040_2を考えれば無条件に肯定するわけにはいかないのですよ、ヒコーキ好きの私であってもそれを言ったら古今東西の兵器はもとより「これでどれほどの家族が殺し合ったか」台所の包丁だって同じになっちゃうけど

それはさておき…当時の製品故エンジン及び系統のシールがあまく、オイル漏れは防ぎきれないそうで、稼働の度にカウルだのプロペラだのを一通り拭き掃除するのだそうです。そして本機にはセル・スターターが仕込まれていますがそれでもMinisd_044_2「あの赤シャツの人は始動がヘタですぐ止まってしまうことがある。向こうの青い服の人なら一発で回せるんだ、相当癖があるらしい」。このほか実機でなければ判り難い主翼の捩じり下げから応力外皮一枚一枚の貼り方、ショーフライトのための改造箇所に至るまで、外側からながらじっくり見ることが出来ました。30年前より大きいスピナー使ってますね、いつ換えたのかな?これから遠い将来に伝えていくには栄エンジンもいずれ全部バラして3次元測定機にかけ、リバース・エンジニアリングで復元、なんてことになるのでしょうか。アメリカ人が本気出せば…と、ちょっぴり期待。

Minisd_043今回もCurve SLで出動、例によってまた寝坊してしまいましたので以前住んでいた地域からのポタリングは断念、所沢駅界隈をチョロチョロ走っただけ。どうも抱えて新宿駅あたりを歩いているうちにNite Izeを落としてしまったらしい7㎜レールにはスカスカで、すぐ外れるのだ、トホホ。暑くなる前にまた行ってみたいですね、次回は館内も覘いてみることにしましょう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年11月20日 (火)

エア・フェスタ浜松2012

Mini_sd_959 一昨年は前日チョコッと覗いただけですので実に3年振りとなりました。行列並んでシャトルバスに乗り押しかけてきた人数のわりにはよく流れていたと思いますよ、テキ屋で買った肉巻きおにぎりにがっつき、「帽子忘れたな」とこれまた売店で買ったT-4 Blueのキャップを被り勿論チンストラップ付き。浜松は風が強いからね、展示飛行の内容そのものよりも無事着陸してきたことを喜び歳のせい?午前中・静浜のT-7を観ただけで私はもうオッケーだった、…フツーに観光客でした。画像は他所で皆さんが上手に撮っていらっしゃることでしょうが、「それでも」現地まで足を運んだ証拠物件に、のE-767 AWACS。

Mini_sd_960Mini_sd_961T-4 Blueは強風にもかかわらず密集隊形こそ見せてくれたものの、一昨年はやったであろうボム・バースト~スタークロスが省略されたやや浜松的なもの、と言うのでしょうか?でもボントンロールがきれいにキマッていましたので良しとしましょう。エプロン前がごった返すのはいつもどおり、じっくり観るならやっぱり予行演習ですね。

実を申しますと当日の核心は飛行機じゃなかったりします、Mini_sd_962そちらはまた後日。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月23日 (火)

SJAC2012国際航空宇宙展

Mini_sd_898Mini_sd_902前回幕張で見たのは学生の頃のこと、ホント久し振りです。ポートメッセなごやは自転車を寄せておけるところがあるので現地で走らないくせにDAHON抱えこの件についてはまた後日、去る13日に行ってきました。早めに地元へ戻りたかったので9時過ぎに名古屋入り、同じようにやって来た開場待ちの皆さんがなす長蛇の列がはけたら入ろうと思ったところこれがなかなかどうして時間がかかるおまけに会場周辺がやたらタバコ臭かった。しびれをきらして最後尾についたところやっと理由が解りました、だらだらとチケット切りしているだけでなく入場に当たり1人ずつリストバンドを渡し、ゲートを抜けたところで客がソレをはめていたので流れが悪くなってたんですねェ。「全く以ってバカなことを」…それでは漸く場内へ、内容は多岐に渡っていますので目立ったものだけかいつまんで。

Mini_sd_891Mini_sd_893「レシプロ・エンジンは4行程のうち1行程しか実際には仕事をしていない。そこでシリンダーを増やしていったわけだが、高出力化にあたり吸気→圧縮→燃焼→排気を連続化出来ないだろうか?がジェットエンジン開発のきっかけだった」と熱く語るオッチャンの前におわしますは日本初のターボジェット・エンジン「ネ20」。辺りはヒコーキ小僧「元」を含む達がグルリと取り囲み、これまた熱い視線を投げかけていました検索してみたところ出展は恒例みたい。基礎研究だけなら日本もけっして遅れてはいなかったこと、絶望的戦況、突貫作業で進められた開発牛車で運ばれたのは十二試艦戦だけではなかった、降伏寸前に木更津から飛んだ橘花、接収…燃料・滑油ラインが色分けされているのはノースロップ工科大学かのノースロップが社の人材育成のために作ったの学生達が自らの勉強で解り易くするためにいじったためだとか。Mini_sd_892Mini_sd_894英語の銘板は「大学の好意で、を示せばずっと無償でOK」70年代にIHIへの貸し出し事実上の返還。当時アメリカは既に本機を遥かに凌ぐものを実用化していたからにあたり付けられたもの。「ジェットエンジンの開発は今なら20年はかかる。どこまで持つか、をはっきりさせる可く耐久試験を繰り返すため」ドイツから持ち帰った概略図からわずか半年でプロトタイプを飛ばしたのは当時にあっても驚異的。「やれば出来る」を証明してみせたとはいえ、それは同時に無理に無茶を重ねる狂気じみたもの、思わずにおれません。「ターボ・ラムジェット・エンジンの理論は完成されているので、皆さんのお孫さんが皆さん位になる頃には実用化されているだろう。その暁には私にも教えて欲しい、いるかどうかは知らないが」とも。

Mini_sd_897Mini_sd_8994年に1度の開催ですので本展ではやぶさ(MUSES-C)の実績をアピールするのは帰還以来初めてとなります。画像は左が古河電池製Li-ionバッテリー天文衛星・探査機搭載は史上初。1億3000万回云々のアレだ、右は太陽電池パドルのヒンジに使われたNTN製球軸受見かけこそ地上で使うものと同じだが潤滑法が異なる、とのそれぞれ同等品。JAXAのブースにあったデッカイ模型は浜松にも来てたヤツでしょうか、ビデオは帰還直後の編集から手直しされておらず残念。Mini_sd_889そして「コレを撮りに行ったようなもの」はやぶさ2のスケールモデル。外観上のポイントはKaバンドアンテナとインパクター、新たにハイドロコスモジェン砲が搭載されたほかミドルゲイン・アンテナのマウントが2軸になっています。サンプラー・ホーンもモデファイされたそうですが、それらは中身の変化からすればほんの僅かなものらしい。

Mini_sd_890そのはやぶさカプセルのきょうだいがコレ。先日のHTV3号機に搭載され、大気圏再突入データ取得に成功したi-Ballのエンジニアリングモデル、かな。前回・2号機でも同じことをやったものの、アメリカ製故データの一部が非公開のため成果を十分に検証出来なかったそうな。

Mini_sd_888Mini_sd_887北海道で打ち上げテストが繰り返されているCAMUI SPACEWORKSの90P型ハイブリッド・ロケット、左画像がクラフトモデル、右が本物近況は植松さんのfacebookを参照のこと。アメリカでは民間機がISSまで行ってるくらいですからゆくゆくは日本も…「千里の道も一歩から」まずはこのくらいのヤツからデータを蓄積していかねばならないのですね。

Mini_sd_904コレが本展の目玉・MRJ(三菱リージョナル・ジェット)客室モックアップ前の混雑状況。座席は本物なのでしょう西陣織には見えなかったけどが胴体の輪切りはTV番組のセットみたい、およそ飛行機とは思えないハリボテでした。実際に座っての記念写真はOKらしかったのですが傍からカメラを構えるとすッごく怖い顔した係員に制止されてしまいました、企業イメージ落としますよじゃなかった、正体バレますよ。そこは開発中、見せられるものしかもって来れないF1の新車発表会だってあからさまに前年仕様のウィングやディフューザー付けてるじゃないののだからそこまでして勿体ぶる意味が解りませんでした…それはそうと、自称・国産が久し振り御存知のとおり「実は国産」はケッコウあるなのは本当としてもYS-11ガラス以外は全て舶来だったなんて言葉を持ち出すあたり世の中後ろ向きになってる、との思いを禁じ得ません。

Mini_sd_905Mini_sd_906会場の隅の方ながらデ~ンと鎮座していたのはKawasaki BK117 C-2 ドクターヘリとAgusta Westland AW169。本Blogでヘリコプターを取り上げるなんて珍しいでしょ、「こっちはキャビンの奥まで写真撮り放題だったゾ」三菱へのアテツケですから。したがってココで両機については詳説しません。

Mini_sd_901Mini_sd_900SEECATを通り越してモロ戦争だったのがロッキード・マーティンのF-35用光学照準システム、或いはミサイルのカッタウェイ・モデル達。航空宇宙展とくればこういったものまで含まれるのでしょうが…このへんのネタもJ-Wing誌で速報されていますのでテキトーに立ち読みされたし。

Mini_sd_903新明和US-2先代・US-1Aのビデオに感銘を受けたのは十ン年も前のこと。映画「海猿」公開にずっと先駆けていたスケールモデルとプロモーション・ビデオ。上面が濃緑色だとホント二式大艇が甦ったよう。以前から噂されている、海外への売り込みに係る案内はありませんでした。

Mini_sd_896Mini_sd_895昔と違って航空機の開発スパンが延びていますので、一部の時事ネタを除けば10年位空けても話題に遅れる感じはありません。開催期間中NHKで取り上げられたとおり近年中部地方の航空産業が注目されているようですが、開場が分割されていますとよほどのファンでもない限りトヨタ空港と両方足を運ぶのは考え難いと思います、即ちポートメッセじゃ狭過ぎる駅から延々歩かされ、途中公道を横断せねばならないのも気に入らん。本展の性格上動いているところを見せたいのは解らんでもありませんが、最低でも幕張遠いけど、歩かされるけどの広さが要るのでは…次に行くのはまた20年後かな?

| | コメント (2)

2012年3月18日 (日)

丸メカニック№40 グラマンF6Fヘルキャット

実は私、F6Fという道具が零戦以上に好きです。

Mini_sd_724次号巻末の編集後記頁には「われらがゼロ戦を粉砕した憎っくきヤロー」との読者投稿も見られましたが…正直に書かせて戴きましょう、私にとって本機は「憎っくき邪教国家・大日本帝国を粉砕したヤロー」であります、きっぱりと。たとえソレがアメリカの所業であったとしても、ね。また「18年から19年にかけての退勢挽回のための、応急手当的な機体だったように思われる(志賀淑雄)」と分析してみせたところで、もとよりアメリカに戦争を仕掛けた=戦争の意味を解っていない、との謗りは免れません。

R-2800搭載機恒例・プロペラと地面とのクリアランス問題について、「余肉(エンジン下部には滑油冷却機ダクトを設置)を利用してプロペラと地面との間隔を確保した」とありますが、この表現は適切と言えません。3面図をつぶさに見ますと単純にエンジン(プロペラ軸)と主翼との位置関係は通常の低翼配置と殆ど変らず胴体に対しては「半低翼」になろうが、下部胴体はクリアランス云々と直接関係なさそうです、実際本機の主脚はケッコウ長い。ソイツを後方引き込みで収められたのはグラマン伝統、長翼弦・低アスペクト比の主翼あってのことと思うのです、即ち「フツーに対処してる」。「何が何でも戦闘機採用を」と逸ったチャンス・ボートに対し、当時既に艦上機で実績があったグラマンの余裕を感じます。

またこのような翼は空気抵抗が大きく、スピードでは不利でも重心移動の許容量が大きく燃料・潤滑油や銃弾消費に鈍感。胴体/主翼下への諸装備搭載にも有利、操縦が易しくなる傾向があるようです。そして胴体がやたら太いのはともかく操縦席をこれまた空気抵抗増は承知の上で高く配して前下方視界へも配慮、これが戦中パイロットの大量養成を可能にした人間の開発が一番手間取るのだ。フラップの速度/開度制御機構等々、諸装備の充実ぶりも無視できない要因ではないでしょうか。技術陣は戦争という非常事態にあって己がす可きことをよく理解していた、ともとれます。

発刊当時、子供心に感銘を受けたのは機体構造でもなければ戦績でもない、グラマンの社員サポート体制です。そのまま引用しますと…

…特筆すべきは四年間で35倍に膨れ上がった従業員の大部分は、飛行機の生産など全く経験していない人たちばかりで、しかもかなりの割合を女子が占めていた点である。
 戦時にもかかわらず、グラマンは従業員に対してあらゆる手段を持って、このハードワークにこたえた。クリスマスには一人一羽ずつの七面鳥が贈られた。従業員の数が増えすぎて、今度は感謝祭の時には数が不足するというハプニングも生じた。グラマンは七面鳥を求めてロングアイランド中を駆け回った、といわれている。
 働く母親のための保育所、昼休みのソフトボール、得意の航空ショー、ダンスパーティ、カウンセリング等々、100%の労働力をひき出すためのあらゆる手段が実行に移された。中でも傑作がジェイク(・スワーブル)の「グリーンカー・サービス」で、とにかく労働者たちが作業に集中できるためのあらゆるサービスを、24時間体制で提供したのである。電話や伝言の取り扱いはもちろん、自家用車のタイヤ交換、バッテリー充電、台所のオーブン消し忘れ処理、家族の通院など、ジェイク自らが身を粉にして従業員の面倒を見たのである。この結果、ヘルキャットの生産も向上し、欠勤率も下がり、驚くべきことに「組合」すら結成されることは無かったのである

…どこまで本当か分りませんが、総力戦とはこういうものだと思うのです。「人は石垣 人は城」と歌うわりにはその意味を考えようともしない日本人、相当以上にいる筈。翻って当院の背広組には言っておきたい、「医者を崇め奉るのがお前等の仕事か!」今春より新しくなる当院のユニフォーム、その洗濯は「各自でやれ」。以前も書きましたが何に曝されたか判らないものを院外へ持ち出すリスクに、彼等は思い至ったことがあるのでしょうか実は院内・洗濯業者先での紛失が後を絶たないので職員のかなり多くが自宅へ持ち帰っている。貴方のトコはどうしてますか?。新棟オープンは来月なのに未だ人員基準をクリアできないらしい。病室は規定ギリギリなのに医局は広大で、職員達が呆れてた建設とやらで諸手当は差っ引かれあらためてヤクザの中のヤクザ・病院機能評価機構の審査が入るんでしょ、ミカジメ料は幾らだ?、これで私のロッカーも上下2段型勿論片方しか使わせてもらえない。自転車通勤に係る装備は意外以上に多いのだ。クルマ生活者には解るまいにされた日には今後を考えねばなりません。

ともかく、文句は真打・F8Fの実力を検証してからにしましょう。
「P-47ほど良い飛行機ではないね(K.ジャーンステッドリパブリック社テストパイロット。C.リンドバーグがF6Fの脚の不具合に悩まされつつ着陸してきたのを受け)」

| | コメント (0) | トラックバック (0)